湯川浩一(ゆかわこういち)
1966年(昭和41年)二代教会長・湯川信直師長男として出生。
慶応義塾大学経済学部卒。1989年(平成元年)金光教教師拝命。
2006年(平成18年)信直師逝去の後三代銀座教会長に就任。
銀座教会長 湯川浩一
心新たに「信心生活」を省み「改まり」の実践を
おかげを頂いて、平成23年の新春を迎えさせて頂き、真に有り難いことです。
一昨年来、立教150年の式年を始め、湯川家としても節年が続き、これを機に昨年は“改めてまことの「信心生活」の実行”を誓ってそれぞれの手元の信心生活の土台を確固たるものにするための稽古に取り組んできたところです。
今年は、私どもにとって、五月に父湯川信直二代親先生の五年祭をお迎えする意義深い節年であります。父がお国替えして、その後を継承し、父のみ霊様のご祈念を頂いて、かつがつながらご用をさせて頂いてきて、今“もう5年も経ったのかなあ”というのが実感で、改めて時の流れの速さを思わずにはおられません。
そういう意味で、本年は、二代親先生に“喜んでいただける信心”、そしてそれぞれに頂いたおかげの報告をさせて頂く大切な節年ということが出来ると思います。
さらに、私ども夫婦にとっては、一昨年9月、おかげの中で長男和夫の満一歳の誕生日を無事に祝うことが出来、改めて深いご神慮に感謝申し上げるとともに、すくすくと成長のおかげを頂いていることを皆様にご報告させて頂きます。
この5年間を振り返ってみますと、父に成り代わってのご用を心掛けてまいりましたが、かつて青年会などの場で聞かせて頂いたお話のお言葉が、お取次に当たって判断させて頂くときに、時宜を得た形で心に浮かび、その問題に道がついていく体験をさせて頂いたとの実感があるのです。とかく自分で判断しようとする心、いわば“我”や“自分で心配すること”で頭を打つ前に、もっともっと父二代親先生と“相談”させて頂きつつご用に務めさせていただきたいと願っているところです。そうした心でご用していますと、周囲の方々の言葉を通して、いわば人を通して適切なみ教えを頂けるとの体験もさせて頂いております。
この事実をさらに考えてみますと、大切なことは、“足りないところを、足して頂く信心”ということではないかと思うのです。教祖様は、42歳の大患のいよいよの際に「凡夫であいわかりませぬ」と言われ、湯川安太郎初代大先生は、他人からみれば行き届いたお働きであったと思うのですが、ご自身「わが腕を拝む」と表現されておられる。いわば頭を打って初めて自分が力のない者であると知るわけです。
信心ということも、“自分でする信心”と“させて頂く信心”とがあるのです。いわば信心の進路を、自分がする−すなわち人間の力で何事もするのではなく、“神様の仰せどうりに”させて頂く信心へと方向づけていくことが大切と思うのです。初代大先生の神様をご主人とした“奉公人”としての信心生活を日々実行“させて頂く”ことが肝要なのではないでしょうか。
信徒会などで、教典を読んでいますが、その一か条でも“実行”させて頂ければと思うのです。
“形のまねは誰でも出来るが、心のまねが出来ぬから”とのみ教えのとおり、少しでも心のまねが出来るように、日々の信心生活を省みて、“改まり”の稽古をさせて頂かなければと願うものです。一見窮屈のように感ずるかもしれませんが、おかげに至る道は、時間をかけて実行していくことが大切です。初代大先生の「信心の4つの目的」や「八か条」の役割のみ教えを杖に、歩んでいくのです。
今世の中の状況は、様々な難儀な問題で渦巻いているかのようですが、どのような状況であれ、氏子可愛いとの親心を持った親神様を信じ、“元気な心で、お役に立たせて”頂きましょう。そして父、二代親先生に喜んで頂ける“改まり”の信心生活を共々にさせて頂きましょう。









