湯川浩一(ゆかわこういち)
1966年(昭和41年)二代教会長・湯川信直師長男として出生。
慶応義塾大学経済学部卒。1989年(平成元年)金光教教師拝命。
2006年(平成18年)信直師逝去の後三代銀座教会長に就任。
銀座教会長 湯川浩一
天地の神様
私たちが信心させて頂いております天地金乃神様とは、どのような神様なのでしょうか。天地金乃神様は、天地の一切をつかさどる神様、というよりもむしろ天地そのものが神様なのです。水や食べ物はもちろん、生活に必要な物のすべては天地のお働きによって作り出され、そのお恵みを頂いて私たちは暮らしております。目に見えるものだけではありません。もともと私たちは天地のお恵みの中で生まれ、生かされてあるのです。そして、この神様は私たち氏子に「何なりと願え」と仰せ下さって、助けて下さる“天地の親様”なのです。そのことが本当に分かれば、何もかもありがたく、お礼を申すことばかりであります。
けれども、そのように教えられ、理屈だけは分かっているようですが、本当にそのような頂き方ができているかというと、ちょっと頼りないように思います。
普段は自分の力で生きているような錯覚をして、勝手な生き方をしておりながら、困った時にだけ神様を引っ張り出して、「どうぞ、助けてください」とお願いをする。それでちょっと思い通りにいかないと、つい不平不足に思ってしまう。
でも、ありがたいことに、そんな私たちであっても、「神様」と拝むと、神様は「かわいい氏子、助けてやる」とおかげを下さる。それはなぜかと言うと、この神様が私たちの“真の親様”であるからであります。ですから、私たちはそういう神様の思し召しを少しでも分からせて頂いて、天地の親様の氏子としての信心を歩ませていただかなくては相済まないと思います。
これは私の金光教学院時代の話ですが、Yさんという、父の乳母もして下さった方で、私も随分とかわいがって頂き慕っていた方が、内臓を患い、医者から「手術をしなくてはいけない」と言われたことがありました。私はとても心配で、四代金光様にお届けに参りました。「金光様、Yさんが内臓を患って、医者から手術をしなくてはいけないと言われました。でも高齢ですから、どうぞ手術をせずにおかげをいただけますように」。すると、いつもはやさしく「はい、はい」と受けてくださる金光様がその時は、あの大きな目で私を見つめて「そういうお願いの仕方をしてはいかん」。それからまた優しいお顔になって「ワシもなあ、この間、目の手術をしてもらった。手術を受けるというのも、神様のおかげの中で、神様のお手当を頂いてさせていただくのじゃ。だから、自分で先に“手術をせずに”などと決めてはいけん。まず神様にお任せして、おすがりしてさせてもらうことが大事なのじゃ」とみ教えくださいました。
実は金光様の前では緊張していて、お言葉のご真意がよく分からなかったのですが、後であれこれと考えてみますと、そうか、お願いの仕方もそうだけれど、それよりも、私の心に“神様にお任せする。おすがりしてお願いする。”そういう思いが足りなかったのだ。金光様はそれを教えて下さったのだなあということに思い至りました。結局Yさんは手術を受けて、その後十年以上も生きて長寿のおかげを頂かれました。
どうも私たちはお願いをするのにも、自分で勝手勘定をしていることが多いようであります。自分の力では何もできないのだということが分かって、どこまでも天地の親神様におすがりし、お任せする行き方、何をするのにも神様にお願いをして“させて頂く”そういう行き方が本当の信心になってくるのではないでしょうか。









