湯川浩一(ゆかわこういち)
1966年(昭和41年)二代教会長・湯川信直師長男として出生。
慶応義塾大学経済学部卒。1989年(平成元年)金光教教師拝命。
2006年(平成18年)信直師逝去の後三代銀座教会長に就任。
銀座教会長 湯川浩一
初代・二代親先生例年祭 初代親奥様二十年祭を迎えて
「銀座だより」2014年8月号
「初代・二代親先生例年祭 初代親奥様二十年祭を迎えて」より
今年もまた湯川誠一初代親先生、湯川信直二代親先生の例年祭をお仕えする季節が巡ってまいりました。
湯川安太郎玉水教会初代大先生のご信心を頂き、その願いを受けて東京布教に出られた初代親先生のご姿勢は生涯変わらず、“大先生に成り代って”というものでした。それを継いだ二代親先生も“初代親先生に成り代って”のご用を生涯追求されました。私の願いもまた“初代・二代の親先生に成り代って”のご用を日々抜かりなく勤めさせて頂きたいということに尽きます。
“初代・二代に成り代って”。代替わりしてから八年、幾度となく口にしてきた言葉ですが、私の中でその内容は少しずつ変わってきました。初代大先生のみ教えに「心配は神様にお渡しして」とありますが、私の場合、“初代・二代に代わって”お取次のご用をさせて頂いているわけですから、「神様に」という以前に、まず初代・二代の親先生にしっかりとお願いをして、心配を渡しきらなくてはいけません。けれども、初めのうちは、目前に差し迫った問題があると、お願いをしている端から心配が頭をもたげ、“成り代って”と口では言いながら、自分の力で何とかしようとしていたことが多かったように思います。
しかし、それではどうにもならない問題が次々と起こってきて、そのたびに自分には力がないことを気付かされ、初代・二代に一心にお願いせずにはいられなくなりました。初代・二代の親先生にお渡しできる量がだんだんと増えていくとともに、手に負えなかった問題が一つひとつ解けていき、おかげの事実をつぶさに見せて頂く中で、「ああそうか、自分は“初代・二代に成り代って”ご用をさせて頂いているのだから、しっかりとお願いをしてお預けすれば、責任は初代・二代が取って下さるのだ」ということを、実感させて頂くようになりました。
最近は、お結界に座って信者さんのお届けを聞くときも、私一人で聞くのではなく、初代・二代の親先生に一緒に聞いて頂くという思いで「どうぞこの方がおかげを頂きますよう」とお取次を願いながら耳を傾けるようにしています。
また、以前はご神前、御礼殿の前に座り手を合わせないとお願いしたことにならないような気がしたものですが、今は何か事が起こると、どこで何をしていようと、その場ですぐお願いをするようになりました。
さて、今年は初代・二代親先生の例年祭に併せて、初代親奥様湯川ツヤ姫の二十年祭のお祭りもお仕えいたします。常に初代親先生を陰で支え、ご自身が目立つようなことは好まれませんでしたから、二十年祭だからといって、親先生より前面に出されることはきっと喜ばれないでしょう。あくまでも初代親先生のご比礼の中で親奥様の二十年祭も仕えさせて頂いてまいりたいと思います。とは申すものの、親奥様あっての親先生であり、その陰ながらのお働きを見過ごすことはできません。親先生がお広前のご用に専念なさる一方で、教会でお預かりしていた多くの学生・書生の日常の面倒を見ていたのは親奥様です。
それも、まだ教会の土台も固まらない時代からのご苦労というものは想像に難くありません。けれども、それを神様からの課題としてしっかりと受け止めて、お徳を積まれました。しかも「十二分にお世話をさせて頂いて、六分に喜んで頂ければよい」という思いでおられたことは私たちもぜひ見習いたいものです。
改めて初代・二代の親先生、初代親奥様をお偲びし、今日のおかげのお礼を申すとともに、そのご信心に一歩でも近づき、生活の中に現わしていけるよう努めて参りたいと思います。









