今月のことば

湯川浩一(ゆかわこういち)

1966年(昭和41年)二代教会長・湯川信直師長男として出生。
慶応義塾大学経済学部卒。1989年(平成元年)金光教教師拝命。
2006年(平成18年)信直師逝去の後三代銀座教会長に就任。

銀座教会長 湯川浩一

銀座教会長 湯川浩一

忘れてはならない四つの目的

私たちは日々信心をさせてもらっていますが、それには「忘れてはならない四つの目的」があると、初代大先生(湯川安太郎玉水教会初代大先生)が教えてくださっています。

その一つ目は、「常に心を清らかに持たせていただくために」。二つ目は「角立つ心を丸くするために」。三つ目は「災いを転じて仕合わせにさせて頂くために」。四つ目は「自分の役割を明らかにして、責任を果たさせていただくために」。の四つです。

私たちが“おかげを頂きたい”と願っていることは、ついつい目先のことになってしまいます。私たちにとっては、それは大切なことなのですが、神様が『受けてくれよ』と言われているおかげは、“信心”そのものをさせて頂いて、末々安心のおかげを受けられるようになることなのです。その信心をするために、大先生は分かりやすく教えてくださっているのです。

先ず一つ目ですが、私たちの心は放っておくと、どんどん汚れてしまいます。お正月を迎えて有り難いという清清しい気持ちでいつでもいられるといいのですが、いろいろなことが積み重なってくると、不平不満、愚痴不足が多くなって汚れてくるのです。そのようなときに話を聞いて、どのようなことでも良い方にとらせて頂いて、素直な気持ちになれればいいのですが、“ああ言われるけれども”と、“けれども”付きで聞いていると、なかなかきれいになりません。話を聞いて、神様の思し召しに沿った心になって、何も疑わずに心を神様に向けてお願いしていくことが大切なのです。

二つ目は、自分の思い通りにならなかったり、“どうして…”と思ったりすると腹が立ちます。この教えは、その腹が立つ心を抑える教えではありません。話を聞いて、改まることで心を磨いて“丸くする”教えなのです。腹が立つことを抑えるのではなくて、腹が立たなくなる心になることなのです。

三つ目ですが、わざわざ“災いを転じて”などと言わなくても、災いが無いようにして頂ければそれで済みそうに思います。私たちは常日頃から、大難を小難にと願っていますが、私たちの生活にはいろいろな難儀は起こってきますし、難儀のままでは困ります。それを仕合わせにして頂かなくてはなりません。信心によってそうして頂けるのです。何か事が起こってくると、“どうしてこのようなことが…”と思ったりします。この思いでは、願いは神様に届きません。“おかげを頂く時が来た”と真っ直ぐに神様に向かっていくのです。どのようなことが起こってきても、それを乗り越えていける受け皿をしっかりと作っていくために、私たちは信心をさせて頂いているのです。災いがあっても必ずおかげを頂けると、はっきり教えて頂いているのです。

四つ目の自分の役割は、お話を聞かせて頂いていくと“神様から求められている自分の役割とはこういうものであるのか”と分かってくるようになります。

私も親にならせて頂いたのですが、神様のおかげで親にならせて頂いたのです。私たちにはそれぞれにいろいろな役割がありますが、自分でそうなったのではありません。そのような自分にして頂いているということが抜けてはいけません。そのような役割をおろそかにしては、おかげを下さっている神様に相済まないし、ご無礼にもなってくるのです。

神様が『受けてくれよ』と言われているおかげは、何十年後の子々孫々まで助かっていくおかげなのです。その神様の思し召しに沿うような信心をしていくことが大切なのです。「忘れてはならない四つの目的」は、私たちの日々の信心が、そのような信心になっていくためのみ教えなのです。


(1/6月例祭 「銀座だより」2013年3月号「お徳の中で」より)