今月のことば

湯川浩一(ゆかわこういち)

1966年(昭和41年)二代教会長・湯川信直師長男として出生。
慶応義塾大学経済学部卒。1989年(平成元年)金光教教師拝命。
2006年(平成18年)信直師逝去の後三代銀座教会長に就任。

銀座教会長 湯川浩一

銀座教会長 湯川浩一

親先祖に喜んでもらうこと

四月二十日は、親教会(玉水教会)の天地金乃神大祭ですが、初代大先生(玉水教会初代教会長 湯川安太郎師)が布教された記念のお日柄でもあるのです。

初代先生が布教して下さったおかげで、銀座教会も生まれ、私たちがこうして信心をさせて頂くことが出来ているのです。そのことを改めて頂きなおしてみなければならないと思うのです。

初代大先生は、布教する前は商人でした。まだ奉公しているころに大病をして医者からも見放されてしまいます。

それまでは理屈を言って信心などしようとしなかったのですが、どうしようもない瀬戸際に追いつめられて、“この上は神様にでも”という思いになり、さて“どの神様に”と考えたときに、心に鮮明に浮かんだのが、ちょうちん屋で陰干しにされていたちょうちんに書かれていた『天地金乃神』のご神名だったのです。

そして、どのようにお願いしたのかと言いますと、「私はまだ死ねません。果たさなければならない役前が残っています。どうぞお助け下さい」と寝床の中でお願いしたのです。

『天地金乃神様』がどのような神様なのかまったく分からないままお願いしたのですが、翌日から湯気の出るような汗が出て、ヘソのあたりの毛穴から鼻持ちならないにおいのするうみが出る状態が続いて、七日目にはすっきりと治ってしまったのです。

そこから初代大先生の信心は始まるので、後になって初代大先生は「私は親のおかげで信心をした」と話しておられます。

生み育てられた親の恩についての初代大先生の思いは、育てられ方や、持って生まれたものもあるのではないかと思えるほど、強いものがあるように思われます。

初代大先生は、本部の教祖様の奥津城に参拝された後、教祖様のご両親の墓所のあるほうに向かって遥拝されていました。銀座の初代親先生(湯川誠一師)も二代親先生(湯川信直師)も遥拝されていましたし、私も同じようにさせて頂いています。

教祖様は『神様が喜んでおかげを下さるには、親先祖を大切にせよ。神はこれ以上の喜びはない』とみ教え下さっています。

でも今の人たちは、子どもを育てるのは親の責任というような理屈をつけて、生み育てられた親の恩をそれほど思わなくなっているように思われます。

では私たちは、どうすれば親先祖に喜んで頂き、安心して頂くことが出来るのでしょうか。それにはやはり理屈や口先だけではなく、信心をして親の思いの中身を分からせてもらっていかなければなりません。

初代親先生は、師父である初代大先生に“成り代わって”という思いを生涯貫いてお取次ぎ下さいました。二代親先生は“今初代親先生がおられたらどうされるか”と父である初代親先生の信心を求めに求めてお取次ぎ下さいました。

私たちは話を聞いたり、読んだりすると“分かった”と思ってしまっているところがあります。

“させて頂く”という思いでしているつもりでも、いざとなると、ついつい自分勝手な思いでしてしまって、いろいろなことで頭を打ちます。その度に一つひとつ親や親神様の思いの中身を分からせて頂くのです。
そうして改まっていく信心によって、親や親神様の思いを一つずつ分からせて頂くことが大切なのです。

その信心をしていくことが親先祖の御霊様に喜んで頂けることになり、二代親先生、初代親先生、初代大先生に喜んで頂けることになり、それを教祖様や、天地の親神様が喜んで下さることになるのです。

(4/25月例祭 「銀座だより」7月号「お徳の中で」より)