湯川浩一(ゆかわこういち)
1966年(昭和41年)二代教会長・湯川信直師長男として出生。
慶応義塾大学経済学部卒。1989年(平成元年)金光教教師拝命。
2006年(平成18年)信直師逝去の後三代銀座教会長に就任。
銀座教会長 湯川浩一
お徳の中で 教会長 銀座だより7月号
玉水教会大先生(湯川正夫師)ご祭主の下、二代親先生(湯川信直師)の二十年祭を仕えさせて頂きました。ありがたい思いでいっぱいです。
お繰り合わせを頂いて、天候もよく、来賓の方々を始め、大勢の先生方や大阪、広島など遠方からの信者さんたちもお参り頂き、ありがとうございます。
教話集、天地に生かされて第四集を作らせて頂きました。この中の「勉強が信心に」のところで、学生時代の二代親先生が「どうすれば勉強が信心になるのですか」と初代親先生(湯川誠一師)に尋ねたら「これから勉強させて頂きます。と言うてお願いして勉強したら、その勉強が信心になるんや」「それでいいんですか」「それでええねん」と答えておられます。できそうなことなのです。が、私たちは勉強や仕事では、いつまでにどれだけのことをしなければ間に合わないとか気になって、お願いを忘れるのです。でも「信心生活というのはいつでも神様と一緒に生活していくこと、そうすればすべてのことを神様がして下さるのです。」「できてもできなくても、どうぞさせて下さいとお願いしながら、自分の生活の上で実践していくことが信心の稽古なのです。」「信心と生活とは切り離せるものではないのです」と、二代親先生はよくお話をなさっておられました。
もう二十年になるのかと思います。
二十年前の五月八日夜、私が翌日のご本部参拝の準備を終えて、駆けつけた時はほとんど息がなく、母と三代大奥様が二人で見守っていてくれました。
玉水大先生にお願いして、翌九日夕方ご本部へお参りさせて頂きました。十日早朝、五代金光(金光平輝)様にお届けしようとした瞬間に言葉が出なくなりました。言葉が出ない私を、金光様はじっと待って下さいました。温かいお気持ちを感じ、ようやっと落ち着いて「父がお国替えさせて頂き、ありがとうございます」とお届けさせて頂きました。
玉水大先生に支えられ、金光様のお取次ぎを頂くことで、これからしっかり神様におすがりしてご用させて頂けばいいのだと気持ちを新たに切り替えることができました。
父がお火鉢に座って信者さんにお取次ぎをしていた時の言葉を思い出します。「我が力ですると思わずに、よく神様におすがりしていきなさい」と。信者さんは「ああ、神様におすがりするのを忘れていました」。分かっていても、この先どうなるかと不安ばかりになってしまうものです。おすがりするのは簡単なようで実はなかなかできないです。「日に日に信心を少しずつでも進めさせてもらっていく。」そのことを二代親先生はよくおっしゃっていました。今になって分かってきました。できるところからさせて頂く。信話集を開いて気づきがあれば、今日はこのことに取り組ませてもらおうと毎日少しでも信心を進ませて頂いておりましたら、だんだんと心配事を神様に渡せるようになっていくのです。その信心生活の中で、改めて我が力ですると思わずに、おすがりすることができてくるのです。
二代親先生のみ霊様が神様と一緒になって生きて働いていて下さっています。この銀座のお広前、親教会のお広前に働いて下さるから、私のような者でもこの二十年かつがつ仕えさせて頂いたのかなと思わせて頂きます。
神様に心を向けて、神様と一緒に生きていくこと、そのものが信心なのだと教えられ、それを実行なさったのが玉水初代大先生、銀座初代親先生です。共々にそういう信心をさせて頂いて、それがまことの信心、まことのおかげに繋がっていくのではないかと思わせて頂きます。本日はお参り頂き、まことにありがとうございました。








