今月のことば

湯川浩一(ゆかわこういち)

1966年(昭和41年)二代教会長・湯川信直師長男として出生。
慶応義塾大学経済学部卒。1989年(平成元年)金光教教師拝命。
2006年(平成18年)信直師逝去の後三代銀座教会長に就任。

銀座教会長 湯川浩一

銀座教会長 湯川浩一

お徳の中で 教会長 銀座だより5月号

 二月一日は玉水初代大先生(湯川安太郎師)の八十二年の例年祭でした。
 初代大先生の信心を頂くということは、信話集を頂き、生活の中でそれを実践していくことではないかと思います。
 初代大先生の信話集に、背負いの呉服屋さんの話があります。神様にお願いして仕入れたものが、売れ残りになっているのを聞かれたとき、初代大先生は「私なら信念はぐらつきまへんから、十軒まわるところを十二軒も十三軒も回ります。それで余計に足を運ぶから、ほかの品物が売れ、売り上げも多くなってくる。なんぼ買い場売り場のお願いしてるというても、それに気を許して半分遊んでるような商売の仕方してたら……。つまりあんたの勉強の打ち込みようが足りんからじゃ」(信話集第十一集「自分の仕事を墓場と決めて」)と教えられています。
「勝手勘定、取り越し苦労はおかげの断り」と言われていますが、私たちもこの人のように少しケチを付けられたら(もう駄目だ)と勝手勘定して打ち込みが足りなくて、おかげをお断りしているようなことになっているのかもしれません。この呉服商の人は、思い直してお得意を回ったら、全部売れたというのです。
 私たちは心配するのはよくないと分かっています。が、予期しないことが起こってくると心配になってしまう。教祖様は「悪いこともおかげ」とおっしゃっています。悪いことでも、神様が大難を小難にして下さっていることもあり、そのおかげの受け止め方が大事と思います。
「願い心を消すな」とも教えられています。教会で何十年もご用をされていた工藤さんが九十歳近い晩年に転んで大腿骨骨折しました。手術してもベッドの上に座れるのに早くて半年。歩けるには一年かかると医師に言われました。私は神様に「医師の言う形では困ります。手術を受けて一日も早く回復し、本人の希望どおり、教会で生活ができますように」と一生懸命お願いしました。検査で癌が見つかり、それを内視鏡手術で除去して、そのあと足の手術を受けました。願い心を最後まで消さずに(神様に直して頂く)とお任せしておりましたら、一か月でベッドに座れ、三カ月で退院でき、希望どおり教会でまた生活できるようになりました。あきらめずに願い通していけば、そういうおかげにして下さいました。
 私が今取り組んでいることは、
 一つ目に「何事もおかげと受けて行く」「いいことも悪いこともおかげ」
私たちには、今日転ぶか、明日、命があるか分からない。だから心配になるのですが、大難を小難にして下さっている、これもおかげ、と受けさせて頂くこと。
 二つ目は「お礼が先」ということ。
 今日まで生かされてきたことにお礼申し喜んでいくと神様の方へ心が向きます。
 三つ目は「我が力ですると思わず、神様におすがりする」
 どうしても先読みして自分でしようとするのですが、そうすると自分が主人になって「神は見ておる」になります。「させて頂く」となれば、「神様が付きまとうて下さる」のです。
 初代大先生がこのお広前にも来てくださって、お徳が満ち渡っているのです。信心を迷わせるようなことが起こって来ても、世界中どこにも神様はいらっしゃいますから、その神様にどう心を向けていくか、自分の思いをどう変えていくか、私たちは神様におすがりして、取り組みたいものです。おかげは神様のもとにあるのではなく、お互いの心にあるのです。
 五月八日二代親先生(湯川信直師)の二十年祭を迎えます。「そのことをわかってくれぇ」とお話下さった先生に少しでも喜んで頂けるように信心を進め、おかげをこうむらせて頂きたいと思います。