湯川浩一(ゆかわこういち)
1966年(昭和41年)二代教会長・湯川信直師長男として出生。
慶応義塾大学経済学部卒。1989年(平成元年)金光教教師拝命。
2006年(平成18年)信直師逝去の後三代銀座教会長に就任。
銀座教会長 湯川浩一
お徳の中で 教会長 銀座だより2月号
湯川誠一教話抄?の中に「人に頼むより神様に」というお話があります。
ある奥さんがお金が入用になり、主人が花柳界へ行くのを二、三日休んでくれたら工面がつくと思い、主人に頼みました。「俺はお前の自由にはならない」と突っぱねられました。奥さんは少し癪にさわりましたが、神様にお願いをしないで、先に自分の意見を出すということは私の間違いであったと気づかれ、神様に「どうぞ、あなた様からおかげを授けて頂きますように」とお願いされ、そのあとは、主人には嫌な顔も見せないで、気持ちよく笑顔で過ごしました。しばらくすると一人の方が訪ねて来て「以前にお金を拝借しました。これをご主人へ渡してください」と預かりました。主人は「この金はあの人にあげたんや、貸したのではない。これはお前がもらっておきなさい」とけろりと言ってくれました。先方が誠意で持ってきたお金、それを主人も誠意で受け、あげたお金だと言う。それでこの奥さんは神様のお働きということが分かったのです。「先生、主人に直接頼むよりも、神様からおかげを授けてもらった方が、主人もおかげを頂き、私もおかげを頂くことができる有り難いお道であることが分かりました」と話されました。
夫婦、親子、兄弟の間の“あいよかけよ”は、お願いしておけば、神様が仲を取り持って下さるということです。
この話は昔のことではありますが、2点ポイントがあると思います。
この奥さんは自分の頼みを受け入れられず口論になるところですが、「はい、そうですか」と受けて、そのあと神様にお願いすることを忘れていたことに気づきます。そして神様にお願いした以上は、主人を花柳界へ気持ちよく送り出したのはすごいです。これがあとの結果に繋がってくる。ここがポイントです、
初代大先生の教話の中に、酒飲みのお父さんが仕事をせず暴力をふるうので「父が酒をやめますように」という娘さんのお願いを、大先生は「お酒飲んでも差し支えないように、とお願いしたらええ」と教えられた話を思い出しました。
この奥さんも、主人が付き合いもあり花柳界へ遊びに行く、その楽しみを止めるようにとはお願いしなかった。私が間違っていました。神様、あなた様からおかげを授けて下さいとお願いしています。その結果が、神様が働いて下さって、主人も気持ちよく「この金はお前が使ったらいい」と言ってくれました。
こんな結果を誰が考えますか。私たちは勝手に、誰に借りようかと考えてしまうのですが、まず神様に頼めば、神様が一番いいようにして下さるのです。それを神様に頼む、任すというのです。これが大事なポイントです。
以前のこと、わずかな年金で生活されていた方が少しまとまったお金が要るのですとお願いに来られました。「神様にお願いすればいい」と私は話をしました。納得して帰られ、一か月くらい経って「先生、おかげ頂きました。入用だった金額が手に入りました」。話を聞きますと、たまにお菓子を送ったりする間柄の人が、今回少し余裕が出来たので少し包ませて頂きます、と現金を送って来られました。開けてみるとちょうど自分が入用の金額だったそうです。そのお金を送って来た人は普段余裕のある人ではありません。そんなことを誰が考え、思いつきますか。神様がなさることは予想できないです。お繰り合わせをして下さる。「人に頼むより神様に」なのです。
あれこれ問題を抱えずに、気づかせてもらって、神様にしっかりお願いしてまかせたら、あとは楽な気持ちで居ればいいのでしょう。お礼を申し、お願いをし、改めて信心を進めさせて頂きたいと思います。








