今月のことば

湯川浩一(ゆかわこういち)

1966年(昭和41年)二代教会長・湯川信直師長男と して出生。
慶応義塾大学経済学部卒。1989年(平成元年)金光教教師拝命。
2006年(平成18年)信直師逝去の後三代銀座教会長に就任

銀座教会長 湯川浩一

銀座教会長 湯川浩一

お徳の中で 教会長 銀座だより12月号

春の御大祭は天地金乃神様のお祭りで、秋の御大祭は教祖生神金光大神様のお祭りです。天地金乃神様はどういう神様で、生神金光大神様はどういう神様で、どのような思し召しを持った神様かと問われると分かったようでよく分からないところがあったりします。
前にも話しましたが銀座教会は大正十二年一月二十日に狭い路地の奥で布教が始まり、その年の九月一日に関東大震災で焼失してしまいます。初代親先生はお浜離宮へ避難して野宿したりしながら焼け残った下宿屋に間借りすることになります。焼け野原になった東京を見て「建物は焼けたけれど、大地は死んでいない。この天地に祈らせてもらおう」と思われて、間借りした部屋のご神前に東京の地図を広げて自分のことより東京の復興を願っていかれたのです。すると銀座の借地権が売りに出され、それを買い取ることが出来て、翌年に金光教銀座小教会所が生まれました。
その教会も昭和二十年五月二十五日の空襲でまた焼失してしまいます。今度は焼け残ったスエヒロの支店に出来た仮広前のご神前に、日本地図を広げて日本の復興を願っていかれました。そうしますと翌年にはお広前が再建され、昭和二十一年五月二十五日に新築落成復興記念祭を仕えることが出来ました。それから毎年五月二十五日が銀座教会の春の御大祭の祭り日になったのです。
初代親先生がひたすら天地の神様を信じて願っていかれた信心から銀座教会は生まれ復興してきたのです。
その信心の元はと言いますと、湯川安太郎玉水教会初代大先生の「神様ご主人。自分は奉公人」という信心にあります。
初代大先生がまだ商売をされていた頃、信心もされて神様からお知らせも頂かれるようになっておられたのですが、どうにもならないほど行き詰まれ、その時神様から『世に天職と言うではないか』とのお知らせを頂かれて気付かれたのが「神様ご主人。自分は奉公人」なのです。奉公人という働き方は今ではありませんので少し分かりにくいのですが、商家に奉公すると衣食住一切の面倒を主人にみてもらって自分は安心して主人の商売のために働くのです。
自分の商売だと思っていたが、実は神さまのご商売であった。それを横領して自分の商売だと思っていた。これからは一切を神様にお返しして、自分の役前を勤めさせて頂こうと思われて、大先生のご信心は大展開し玉水教会も生まれ、一の弟子であった初代親先生が東京に布教されて銀座教会が生まれたのです。
この横領ということが大切なことだと思います。私たちは何か事が起こってくると、「心配を神様にお渡しして」と教えられていても、神様にお願いするより先に、「さあどうしよう」と心配して自分で算段して背負ってしまいます。これでは神様を信じているとは言えません。
「神様は、私たちのもうひとりの親である」と教えられています。教祖様は『神様は本体の親であるから、かわいいわが子をどうして難儀に合わせなさるであろうか』と教えて下さっています。そして神様は『世の中には難儀苦労をしている人がいるから、取り次いで助けてやってくれ』と教祖様に頼んでおられます。
私たちの生活には、避けることのできない難儀もあります。そこから、どこまでも神様を信じ、取次ぎを信じて願っていくことが信心なのです。
初代親先生は、教祖生神金光大神取次ぎの広前が銀座に生まれたお祭りを仕えた十一月二十一日を、銀座教会の秋の生神金光大神大祭の日、焼失したお広前が復興したお祭りを仕えた五月二十五日を、春の天地金乃神大祭の日とお日柄を大切にされました。