今月のことば

湯川浩一(ゆかわこういち)

1966年(昭和41年)二代教会長・湯川信直師長男と して出生。
慶応義塾大学経済学部卒。1989年(平成元年)金光教教師拝命。
2006年(平成18年)信直師逝去の後三代銀座教会長に就任

銀座教会長 湯川浩一

銀座教会長 湯川浩一

お徳の中で 教会長 銀座だより8月号

東京に銀座教会が生まれたのは、湯川安太郎玉水教会初代大先生が初めて上京されたときに「東京にも難儀をしいる人たちが大勢おられる、その人たちを一人でも多く助けさせて頂きたい」という願いを持たれたのが始まりであるということは、今までに何度も何度も頂き直してきたつもりでしたが、この度のコロナ禍によって銀座教会が東京に生まれたことの思し召しの大きさを改めて思わされています。
一極集中という言葉があるように多くの大企業や大学などがあって、人口も世界規模で多い大都市です。当然のことに大きな商業施設や繁華街もあちこちにあります。すべてが順調に活動しているときには活気のある大都市ですが、コロナ禍のようなことが起こると、感染者や重症者や死者も多く、難儀も日本の他の都市に比べると桁違いに大きくなります。
平穏な時には見えてこなかった東京という大都市の難儀の大きさが目に見えるようになり、その東京の難儀に対する大先生の願い、その願いを受けてこられた銀座教会初代親先生、二代親先生の願い、その願いを受け止めてお働き下さる親神様の思し召しの大きさを改めて思わせられるのです。
初代大先生の願いを受けて初代親先生が東京に布教されたその年に関東大震災があって東京は焼け野原になり布教所も焼失しましたが、初代親先生は東京の復興を願って銀座に金光教の教会が生まれました。その教会も戦災でまた焼失してしまいます。そうしますと今度は御祈念座に日本地図が置かれて日本の復興を願っていって今日の銀座教会があるのです。
その間、初代親先生も二代親先生も毎月欠かさずご本部参拝を続けていきました。あと二年で布教百年を迎えますが、実は二度ご本部参拝ができなかった月があるのです。一度は再建された銀座教会の認可が下りることになって大阪から引き返すことになったのと、もう一度は鉄道が不通になって行けなかったのです。
コロナ禍で緊急事態宣言が出されて移動の自粛を言われるようになり、改めてこのことを考えさせられました。教会が焼失してしまった月にもご本部参拝を続けられたのは、どのような事が起こってきても、お取次ぎを頂いて天地の親神様にすがっていく初代親先生の信心の現れ以外に考えられません。
それについて思われるのは、銀座教会のお広前での勢祈念の折に唱和する「祈願」の言葉です。「天下泰平諸国成就、総氏子身の上安全、世界真の平和達成、全教一新全教一家のご神願ご成就のお役に立たせて頂く氏子にお取立てくださいますよう御願い申し上げます」これは初代親先生の信心から生まれてきた思いが表れた言葉です。
言ってみれば関東大震災は東京の難儀で、戦災は日本の難儀でした。そして今度のコロナ禍は世界の難儀です。世界中でどれほど多くの人々が感染し、亡くなられて、世界中の人々の暮らしが変わってしまうほどの難儀です。
コロナ禍が終息して元の暮らしに戻ることは私たちの願いだと思っていましたが、本当は私たちの願いである前に神様の願いだったのです。
でもこれは自分の都合にこだわっていると分からないことで、お取次ぎを頂いて心を神様に向けていかなければ分からないことではないかと思います。
「祈願」の言葉は、お取次ぎを信じ、天地の親神様を信じて揺るぎない、初代親先生の信心から生まれてきた願いの言葉だと思うのです。
毎月の「銀座だより」の巻頭文のページにも掲載していますが、コロナ禍の中でその内容を改めて頂き直していくことが大切だと思っています。