今月のことば

湯川浩一(ゆかわこういち)

1966年(昭和41年)二代教会長・湯川信直師長男として出生。
慶応義塾大学経済学部卒。1989年(平成元年)金光教教師拝命。
2006年(平成18年)信直師逝去の後三代銀座教会長に就任。

銀座教会長 湯川浩一

銀座教会長 湯川浩一

お徳の中で 教会長 銀座だより01月号

 銀座教会布教百年のお年柄を迎えました。銀座教会ではこれまで十年祭や五十年祭といった節年祭はしてきませんでした。それは初代親先生が湯川安太郎玉水教会初代大先生に成り代わっての布教で、節年祭は身の祝いになるからと言ってされなかったからです。二代親先生もそれを受けてされませんでした。ですから私もしてきませんでしたが、百年祭は、これまでのお礼とこれからのお願いのお祭りとして仕えさせて頂きたいと思います。
 これまでのお礼と言えば、銀座教会が生まれたのは、大正九年に初代大先生が明治神宮の落成記念の参拝で初めて上京された折に「東京は人口も多く難儀をしておられる人も多いが教会の数も少ない。何とか難儀をしている人たちを一人でも多く助けさせて頂きたい」との願いを持たれたのが始まりなのです。
 その大先生は、どうにも助からない身の上であった自身が信心によって助けられ、その信心は教祖様がお取次ぎの道を開いて下されたからと心からお礼を申しておられました。
 そしてその取次ぎの働きは、神様が教祖様に『世間には難儀をしている者たちが大勢いるから取次ぎ助けてやってくれ』とお頼みになって開けたのです。
 『難儀な人を助けたい』という願いは神様の願いなのです。
 私たちはこの願いの中で銀座教会のお広前にお引き寄せを頂き、お取次ぎを頂いて日々おかげを頂いているのです。
 私たちの信心は、目の前の難儀なことが自分にとって都合よくなることを願うことから始まります。お取次ぎを頂いておかげを頂くのは神様の思し召しあってのことなのですが、つい目先のことに右往左往して喜んだり愚痴不足を言ったりしてしまいます。でも神様は先のもっと大きな安心のために私たちを抱きかかえてくださっているのです。
 『よい事ばかりがおかげではない。悪いこともおかげである』と教えられ、今は辛抱と言う言葉は死語のようになっていますが『信心辛抱』と教えられています。
 初代大先生は商売をされていたころ、自分の才覚を頼りにして商いをされていましたが、どうにもならないほど行き詰まられて、神様からのお知らせもあって「神様ご主人、自分は奉公人」と気付かれて大展開し、玉水教会も銀座教会も生まれることになるのです。
 銀座教会は大正十二年一月二十日に布教を始めるのですが、その年の九月一日に関東大震災で布教所は焼失してしまいます。焼け野原になった東京を見て初代親先生は「街は焼けてしまったけれども大地は死んでいない」と東京の復興を願っていると、翌年銀座に金光教銀座小教会所が生まれるのです。
 その教会も戦災でまた焼失してしまいますが、今度は日本の復興を願って翌年に復興し今の広前になっていくのです。
 私たちの信心は誰でも自分中心の願いから始まりますが、話を聞いてだんだんと神様の思し召しが分かるようになってきます。「まことの信心をして、まことのおかげを受けよ」と教えられていますが、自分中心の信心から神様の思し召しに沿った「まことの信心」に改まっていくことが大切なのです。
 その信心から生まれて百年の間続いてきた銀座教会ですが、現在の銀座教会が終着点ではありません。今日まで百年の間に積み重ねられてきたまことの信心を、改めて頂いて、これから先の百年にまことのおかげを頂いていくのです。
 百年祭は身の祝いではなく、神様の願いから始まって、初代大先生、初代、二代親先生と受け継がれてきたまことの信心とまことのおかげへのお礼と、これからの私たちのまことの信心とまことのおかげへのお願いのお祭りなのです。