今月のことば

湯川浩一(ゆかわこういち)

1966年(昭和41年)二代教会長・湯川信直師長男として出生。
慶応義塾大学経済学部卒。1989年(平成元年)金光教教師拝命。
2006年(平成18年)信直師逝去の後三代銀座教会長に就任。

銀座教会長 湯川浩一

銀座教会長 湯川浩一

お徳の中で 教会長 銀座だより8月号

 昨年は、八月一日に初代親先生湯川誠一大人の五十年祭を、今年は五月八日に二代親先生湯川信直大人の二十年祭を滞りなく仕えさせて頂きました。
 右式年祭で二冊の本を出版させて頂きました。その中で二代親先生(父)の「天地に生かされて第四集」は、前回までの教話をそのまま掲載したものとは違い、銀座だよりに掲載された教話抄をまとめたもので、とても分かりやすく読みやすい本になりました。この二冊の本の編集に携わったことが私にとって一番のおかげだったかもしれません。
 今年も初代親先生夫妻の例年祭を迎えさせて頂きます。
 毎年、初代親先生夫妻の信心を頂いてと取り組むのですが、なかなか出来ていません。私は、初代親先生夫妻とは一緒に生活しているですが、まだ幼く教導をされたことはありません。この度、父の「天地に生かされて第四集」の中には、たびたび祖父(湯川安太郎師)と父(湯川誠一師)が登場します。一番身近で教導を受けた父の信心を通して、初代親先生夫妻を頂いていくことが大切であると改めて思わせて頂きました。
 父は、この度の第四集の中で、「信心をさせて頂くとは、何をどうしていくことが信心になるのか」と何度も話しています。おかげ話もありますが、それよりも「信心とは何ぞや」という教話のほうが多いいです。
 父は「私たちが日々にしている極めて当たり前の日常生活、その中に信心がなければならないと」(天地に生かされて第一集)とそのように申しています。
 父が学生の頃、初代親先生に「どうすれば勉強が信心になるのですか」と尋ねたら、初代親先生は、「これから勉強させて頂きますとお願いして勉強したら、その勉強が信心になるんや」と答えました   
 「信心生活とはいつでも神様と一緒に生活していくことで、神様と一緒に仕事をし、便所にも神様と一緒に行けばいい、そうすれば、すべてのことを神様がしてくださる。信心と生活は切り離せないもので、出来ても出来なくても実践していくことが信心の稽古で、信心即生活とはそういうことなのです。」
 まさにこの話は、初代大先生のみ教えである信心即生活、生活即信心の中味で、それを実践なさっていた初代親先生をそばで見ていた父が、初代親先生の生活にそれらを感じて、このように話しているところだと思います。
 初代親先生の実践として、お風呂に入るに手おけ三杯しか使わなかったという話があります。父はそれに対して、何杯という数より、どのような思いでお湯を使っていたのかが大切で、なみなみと入れたらあふれ出す。信心している者として、どのような暮らしをすればいいかと話しています。
 初代大先生の日めくりに、「おこうこにお醤油をかけたらいかん、もったいないからな」とあります。
 これは、かけたらいけないというのではなく、「二度も使えるほどの醤油を使わんようにしなさい 初めから出しすぎないように気をつけなさい」というみ教えです。
 私たちは、信心と言っても目先のおかげばかり追い求め、それも大事ですが、神様の思し召しに沿った信心生活にならして頂くことが、本当の信心ではないでしょうか。
 昨年五十年祭を終えて、ひと区切りではありますが、二冊の教話本を読ませて頂きますと、まだまだ私たちは、取り組むべきことがあるように思います。
 初代二代親先生の霊様、そのお徳は消えることはありません。でも、それには私たちが、そのお徳を頂ける信心にならしていただかなくてはなりません。