今月のことば

湯川浩一(ゆかわこういち)

1966年(昭和41年)二代教会長・湯川信直師長男として出生。
慶応義塾大学経済学部卒。1989年(平成元年)金光教教師拝命。
2006年(平成18年)信直師逝去の後三代銀座教会長に就任。

銀座教会長 湯川浩一

銀座教会長 湯川浩一

お徳の中で 教会長 銀座だより3月号

 湯川安太郎信話集に「親には安心と喜びと満足を」(第九集)という章があります。この中で「どうしてこんな大きなおかげを頂かれたのですか」と聞いた方へ、玉水初代大先生は「親のおかげで」と答えられています。「では、先生の親御さんは、よほど信心していられたんですなあ」と聞かれるのですが、「いいえ、私の親は、信心知りません。私が先生になって、やっと信心致しました」と答えますと、合点がいかない顔をされます。「私は何でも親に喜んでもらいたい。どうしたら親が安心してくれるかという事のために、信心をしたので、親に喜んでもらい安心してもらいたいために、お願いして、おかげこうむったからです」と答えられています。
 玉水初代大先生が二十一歳の時に大阪へ出てきて奉公しましたが大病にかかります。それまではどちらかというと信心は嫌いだったのですが、「今、自分が死んでしまったら、母親がどんなに悲しむだろう」との思いから「今死ぬわけにはいきません。どうぞ天地金乃神様、助けて下さい」と初めて御名を唱えてお願いされました。そして一週間で良くなるおかげを頂かれました。
 これは玉水初代大先生のおかげの受け始め、信心の出発点です。
 このとき、自分のことだけで「病気を治して下さい」では神様は助けて下さらなかったでしょう。子供の時から恩に報いる人間になりたい。親に安心を与えたいという信念を持っておられたから「親のために」という願いになり、それが神様の思いと一致しておかげを頂かれたのです。
 玉水初代大先生はそれを「親のおかげで」と言われています。大先生の信心の土台になっている話です。
 このお道は「親先祖を大切に。神はこれ以上の喜びはない」というお道です。
 私が生まれて命があるということは、当たり前のことではないのです。玉水初代大先生が「親のために」と神様に願わなかったら、そして、その時死んでいたら、玉水二代大先生はもちろん銀座二代親先生も私も生まれていないです。また、湯川誠一初代親先生が「親のために」と信心をして下さったおかげで銀座教会が生まれ、今年、五十年祭を仕えさせて頂きました。
 私も子供を頂き、親にならせて頂き、親の恩を少し分からせて頂いたように思います。
「ご恩を知り、ご恩に報いる」と今の教主金光様がおっしゃって下さっていることがとても大切なことだと思います。
 実の親に対するご恩を知り分かること、親の生死に関わらず、それが親孝行になり喜んでくれます。信心も親神様のご恩を知り、分からせて頂き、そのご恩に報いる自分にならせて頂く、それが同じく親神様への親孝行になるのではないでしょうか。
 親のおかげでというところをしっかりと分からせてもらって、み霊様に安心して喜んで頂けるような信心を、出来ん、出来んでも求めさせて頂くことが自分の親にも、また神様にも喜んで頂けるのではないかと思います。恩に報いるという心をすべてに向かって押し進めて行くと必ず神様は道を付けて下さいます。
 五月には二代親先生の二十年祭を迎えます。少しでも「恩を知り、恩に報いる」信心を進めさせて頂きたいと思います。
 また、信心の継承。継承というと子供や孫だけと思いますが、子孫だけではなく、周りの困っている人々、神様を知らない人が大勢います。そういう難儀な人に代わってお願いして、お引き寄せ頂き、共々に、人の助かるお役に立たせて頂きたいと思わせて頂きます。