今月のことば

湯川浩一(ゆかわこういち)

1966年(昭和41年)二代教会長・湯川信直師長男として出生。
慶応義塾大学経済学部卒。1989年(平成元年)金光教教師拝命。
2006年(平成18年)信直師逝去の後三代銀座教会長に就任。

銀座教会長 湯川浩一

銀座教会長 湯川浩一

お徳の中で 教会長 銀座だより10月号

 銀座初代親先生(湯川誠一師)の五年祭を迎える年のことです。
 まだ健在だった祖母(湯川ツヤ師)が「お祭りはなんとか涼しくならんかなあ」と父(湯川信直二代親先生)に申しました。父は「お願いしても夏が冬になるわけではありませんし、そんなの無理でしょう」と笑って受け流してしまいました。祖母は「そうか」と言ったきり、それ以降そのことは何も言いませんでした。でも祖母は日々のご祈念の中で、この願いを神様に願い続けていたと思います。「天地に生かされて第四集 真夏の暑い盛りに」に載っている話です。
 結果、お祭りが始まるころになると、開け放したお広前を風が吹き抜けて、いく分でも涼しくお祭りを仕えさせて頂くことができました。
 父は「どんな困難なことでもお願い申せば必ず神様はなんとかして下さる」と、祖母に信心を教えてもらったと申しておりました。
「神様は願う前からご承知で、なんとかしてやりたいと思って下さっているのです。それならばわざわざ願う必要はないように思えます。私たちが一生懸命願うのは、それは、おかげを受けるこちらの器をつくるためなのです。」と父は話しています。
 心を授けて下さった天地の親神様です。神様は目先のおかげではなく、本当にその人が助かるおかげを渡したいから、一生懸命お願いするように、おかげを受ける器を作るように願って下さっているのです。
 祖母がそこまで信じ切ることが出来たのはなぜかと考えてみますと、祖母が六歳のとき玉水布教所ができて、そのころお米が切れた話が残っています。祖母は、父親(玉水初代大先生)、銀座初代親先生と一緒にそこを経験して苦労なさっています。神様に一心にお願いして動じない父親のご祈念の姿を、そばでずっと見て育っていますから「夏は暑いといっても、ちゃんと神様にお願いすれば」という信念があったのでしょう。
 私が中学生の頃、祖母と一緒に白根山の火口まで行ったときのことです。祖母は着物でした。手を引いて連れて行ってあげなさいと言われ、私が手を握ったら、こちらの眼を見てニコッと笑ってぎゅっと手を握り返してくれました。私のことを信じて頼ってくれているのだと思うと、こちらもしっかりしなきゃあと思うのです。火口まで行き、帰って来た時「ありがとう」と言ってくれました。非常に印象深く覚えています。今から考えますと私に任せたというけれども、祖母は「孫の足らんところを足して下さい」とお願いしていたと思います。実際にやらせてみて、後ろで祈念をさせてもらって、それで信心が伝わっていく。本当に神様を信じたら、人に任せることができるのです。信心をさせて頂くというのはそういうことですね。
 玉水初代大先生が「信心とは、自分自身の本当の姿、身の程を知ることから始まる」とおっしゃっています。身の程というのは自分に力がないということ。祖母はどちらかといえば心配性でしたが、勝手勘定をしないで「神様はどんなことでもお願いすれば、必ずおかげにして下さる」そこを掴んでいたのだと思います。
 自分が何とかしようという時はうまくいかないです。「神様、どうすることもできませんので」っておすがりした方がおかげになってきます。その姿を神様が一番喜んで下さるのです。