湯川浩一(ゆかわこういち)
1966年(昭和41年)二代教会長・湯川信直師長男として出生。
慶応義塾大学経済学部卒。1989年(平成元年)金光教教師拝命。
2006年(平成18年)信直師逝去の後三代銀座教会長に就任。

銀座教会長 湯川浩一
お徳の中で 教会長 銀座だより2月号
教祖百四十一年の生神金光大神大祭を仕えさせて頂きました。有り難いことと存じます。銀座教会においては、ちょうど開教百年のお祭りでありました。初代親先生(湯川誠一師)が百年前どんな思いで開教式をなされたのだろうと思いを寄せ、いま我々がこうしておかげを頂いていることを喜び、お礼の思いと共に仕えさせて頂きました。
玉水教会初代大先生(湯川安太郎師)の信話集の第二集に「願い心を消すな、狂わすな」があります。背負いの呉服屋さんが神様にお願いして仕入れてもネンキモンが残るというとき、初代大先生がこの呉服屋さんに、私ならこうですなあ。「神様にお願い申して買わせて頂いたんだから、きっと売れるものなりと信じておる。だからなんぼくさされようが、冷やかされようが、そんなことで信念がぐらつかない。“この品物でなくちゃならん家があるに決まっている。まだ、この品物欲しいという家に行き当たらんのだ”と思う。「あんたが買い場売り場のお願いをしておきながら、半分遊んでるような商売の仕方をしているから」「“さあこの品物欲しい家がある。これ持ってもっと回れ”と神様がご催促下されておると思わんならん」
ここに私は注目いたしました。
先日,息子の初めての修学旅行がありました。その前に中間試験もあり、体調崩さず試験も旅行も取り組ませて頂けるよう、お天気のお繰り合わせもお願いをしていました。試験の二日前に急に微熱があり咳もしています。試験が受けられるだろうか、ここはもう一段、願い心を消さずに、と一生懸命お願いしました。おかげを頂いて二日間で回復し、試験を受け、段々と体調がよくなって修学旅行も行かせて頂きました。お天気の予報が次第に悪くなりましたが、実際はほとんど傘を使わずに済んだそうです。
おかげを頂きましたが、私はこれをおかげ話で済ませてはいけないと気づかせて頂きました。お願いしているのに熱が出る、天気は悪くなる。これは大先生に「半分遊んでいるようなご祈念の仕方」と言われたのではないか。これは神様のご催促であると思わせて頂きました。
呉服屋さんは自分の商売の仕方を気づかせてもらって改まるとネンキモンが減って売り上げが上がり、商売が安定していくおかげになりました。
私たちはその安定のおかげを頂きたいのです。しかしお願いしていても少し調子が悪いと、悪いほうへ勘定してしまいます。「ただ口先だけでお願いしているだけだ。お願いになっていない」と大先生のお言葉です。
どうすればいいか。初代大先生ならこうするということに実際に取り組んでやってみる。出来るところから、一つひとつ願い心を消さないように、狂わさないように、そのけいこに取り組ませて頂き、自分のどこを改めなければいけないか。初代大先生ならどうなさるか。お取次ぎを頂くというのはそういうことです。
お願いをすると神様からいろいろなお試しなどが起こってくることがあります。その事柄が神様のお答えなのです。ちゃんと受け取らせてもらって、そこから改まりの信心をさせて頂く、おかげ頂けるよう受け皿を作っていく。これが信心の大事なところだと思わせて頂きます。
今年は初代大先生八十年のお年柄で、信話集を頂き直して参りました。来年は初代親先生の五十年を迎えます。
私たちの生活の中で、このように神様がつきまとうて手伝って下さっています。しっかり心行をさせて頂いて、初代大先生、初代、二代親先生に安心して頂けるよう、信心を進めさせて頂きたいと思います。